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在日のための「創価学会」応援(がんばれ「創価学会」)


「不殺生戒と申すは、是の如き重戒なれども、法華経の敵になれば、此れを害するは第一の功徳と説き給う也」

(秋元御書)



日蓮根本主義と秋元御書

創価学会は、日本で、いや世界で唯一、仏教を正しく受け継いでいる。法華経こそが、現代(末法)において、唯一絶対の教えである。日蓮大聖人が、これを説き明かし、創価学会だけが、これを受け継いでいるのである。

日蓮根本主義は、日蓮大聖人の教えに従って生きることである。日蓮大聖人の教えは、御書である。すなわち日蓮根本主義に生きることは、御書に生きることなのである

創価学会だけが、この日蓮根本主義を貫き通したのであり、今後もそうである。そして特に重要なのが、秋元御書である

不殺生戒と申すは、是の如き重戒なれども、法華経の敵になれば、此れを害するは第一の功徳と説き給う也」(秋元御書.

例せば殺生戒は仏誡の第一であり、生物を残害しないのは道徳心の発端である。それにしても謗法の者を懲罰するは、法華行者の義務であり、いかに折伏してもこれに応じない者は、これが一命を断つとも已むを得ない。これかえって真の慈悲である。この意味からいえば、謗法者を殺すのは、法華経主義からいえば、不道徳でないのみならず、かえって大道徳になる」(姉崎正治「法華経の行者日蓮」講談社学術文庫)

井上日召は、これに基づいて一人一殺を主張し、血盟団事件を起こしたが、賞賛すべきであろう。創価学会も、井上日召に学ばねばならない。法華経の敵、創価学会の敵を害するのは、第一の功徳なのである法華経の敵、創価学会の敵を害するためには何でもする、そうした気概を持つべきなのだ

正しき言論弾圧

まず亀井淳.の「創価学会系大広告に新潮が反撃.」から引用しておこう。

数年前から新潮社の雑誌記事をめぐる創価学会との訴訟沙汰が続き、学会側が勝訴するケースが多かったのでその"祝勝"的なキャンペーンかなと思っていたら、春から夏にかけて異常な増え方、それも同じタネを執拗に反復するのである

「ともかく学会メディアの広告量は凄まじい。新潮によると「第三文明」の中吊りは1〜2月で以前の15倍強に、「潮」も7.5倍に急増した。投下する広告費も当然激増している」

学会メディアがその主張を広報するのはひとまず自由としても、逆に週刊新潮への出広を控えるよう大手広告主に要請し、公明党議員が公立図書館から週刊新潮や文藝春秋を排除するように要求する、さらに学会批判を含む書籍の広告掲載を断るよう新聞社に圧力をかける、となると大問題だ

「大手紙から地方紙に至る新聞は、聖教新聞など学会系新聞の印刷を請け負って収入を得ているために学会への批判はおろか、池田大作氏へのインタビューなどをしきりに掲載する。90年代の前半まで学会たたきで売っていた新潮以外の週刊誌も最近では手控え気味だ。新潮への攻撃が「見せしめ」として奏功したのか

なるほど、週刊新潮が「第二の言論弾圧問題」と言うだけの理由はあるように思える。しかし、亀井は、反人権雑誌として週刊新潮を批判していたはずだ。創価学会は、その週刊新潮の被害者である。

週刊新潮は、法華経の敵、創価学会の敵なのだ週刊新潮を排除することは、第一の功徳なのだ。日蓮大聖人の教えを実践することのどこが悪いのか。悪いのは、週刊新潮ではないか。それは週刊新潮だけではない。創価学会を批判する文藝春秋なども、同じく悪なのだ。悪を叩くことは、言論弾圧ではない功徳である

がんばれ創価学会

創価学会は、今こそ、秋元御書を実践しなければならない。日蓮大聖人の教えを実践し、法華経の敵、創価学会の敵を叩くのである。そのために韓国民潭や朝鮮総連とスクラムを組んでいるのである

創価学会の活動家は、折伏や選挙だけでなく、法華経の敵、創価学会の敵を叩こう


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